青空で光る星 第三部~店の屋上


 空はよく晴れて、涼しい風が吹く。花が咲いていて、木々には少しずつ緑の葉が茂り始めた。

「久しぶりの晴れね。」

「ほーんと、気持ちのいい天気ねー。」

「お兄ちゃんも来ればよかったのにね。」

木から落ちたピンク色の花びらが、地面にできた水たまりに落ちている。鳥の声が小さく響き、他には何も聞こえない。

「・・・将也は来ないわよ。」

「うん、わかってる。」

「ほら、七海、お兄ちゃんたちにご挨拶していきなさい。」

「はーい。」

「終わったら俊太郎君のところ行くわよ。」

きれいに磨かれた墓石に刻まれているのは寺前智博と石田裕介の名前。

 

そして少し離れたところに遠田俊太朗の墓がある。

 

「ほんと、いい天気ね。」

ケイコがそう呟いた。

 

 

青空で光る星~第三部

 

 

「はぁ・・・今日こそ・・・。」

薄暗い扉の前で、簾は呼吸を整える。緊張しているようで、自分に言い聞かせるようにつぶやくと大きく息を吸って深呼吸をした。扉は曇りガラスの窓が付いていて、そこから眩しいくらいの光が漏れている。

「よしっ。」

そう言うと扉を開けた。

 

店の屋上。空は曇りだが、雲の隙間から青い空が見えていて、もう雨は降らなさそうだ。しかし、空気が重く湿度が高い。

簾が外に出ると、いつものように端に座っている将也の背中がある。その背中を見て簾の表情はますます強張った。

「話しかけるぞ・・・。」

そう呟くとゆっくりと将也のほうへ向かった。

簾は将也の背中と少し距離を取り立った。

「あ、あの!」

簾は緊張のあまり声が大きくなってしまう。その声に将也が振り向く。不愛想な表情で屋上の端から簾を見下すような眼差しで見る。

その表情に簾は視線を逸らしてしまった。口をパクパクさせて混乱しているようだった。なかなか言葉が出ず、必死に考えているようだ。

将也はその様子をしばらく見ていたが、待ちくたびれたのか再び背中を向け空を見上げる。

それに気が付く簾。がっかりしたように大きくため息をついた。表情も一気に曇る。そして残念そうに将也を見つめる。

将也は空を見上げたままだ。簾もその方向を見た。雲の隙間から見えた青空。そして、太陽が顔を出す。

それを見て簾は何かを閃いたようだ。

「昼にも・・・。」

その言葉を聞いて将也は再び振り向く。真剣な顔をして必死に話す簾。

「あの・・・星が見えるって・・・知ってる?」

簾はつばを飲み込む。

「あの・・・一等星なら見えるんだ!その・・・正確には1.4等星とか・・・水星も、1.4等星だから見える!あ、あの・・・俺さ、星が好きで。」

簾は話始めると少しずつ将也のそばに寄っていく。話に夢中になっているようだ。将也は再び空を見上げる。

「まあ、星って言うと夜だと思ってるだろうけど、昼でも見えるんだ。天体観測用の望遠鏡があれば見えるんだけど、ここにはそんなのないよね?あぁ、あるわけないよね。ごめん。うちにはあるんだ。その、いいものじゃないけど、安物だけどそれでもまあ、夜なら星がきれいに見るし。あ、そうだ!今度もし良かったらうちに来てよ。そしたらいくらでも星を・・・。」

簾は自分の言ってることに気が付いて話を急にやめてしまう。急に顔を赤くする。

「あ・・・あの・・・ごめん・・・俺・・・。」

簾は恥ずかしそうに苦笑いする。

「あはは、そんな・・・来るわけないよな・・・何言ってんだろ、俺。いやぁ・・・気にしないでよ。そんな・・・こと・・・あるわけ・・・。」

簾は将也のほうを見た。

「・・・来る?」

将也は何も答えない。

「・・・あのー?ま・・・将也?・・・君。」

「お前掃除は?」

将也は空を見上げたままぶっきらぼうに言う。

「え?」

「サボってねーで早く働け。」

簾は信じられないような顔をするがすぐに怒った表情に変わる。そして振り返ると足早に立ち去る。

 

将也は振り返ると去っていく簾の後姿を見つめる。そして小さく微笑んだ。しかしすぐに表情を曇らせる。そして再び空を見上げた。

 

 

「もう最悪だよ!確かにイケメンかもしんないけどさ!あんな態度ってないだろ?」

簾がいるのは居酒屋だ。狭くて小さく和風の古民家のような庶民的な居酒屋。テーブルにはグラスと小鉢が並んでいる。周りは少し騒がしい。しかし、簾の声が一番だ。

簾の前にいるのは雄造だ。相変わらずぴったりとした長袖のシャツを着ている。

「サボってねーで働けだって!俺は毎日毎日あいつが躍るために床を磨いて洗い物もして雑用ばっかりこなしてるんだよ!しかもチョー人使いの荒い人たちの言うこと全部聞いてさ!よっぽど工場のほうが楽だよ!」

「あははは!わかったわかった。こっちの世界にいると見た目だけで判断されることのほうが多いんだよ。簾も体鍛えてさ、見返すくらいいい男になれよ。」

雄造は窘める。

「俺のどこがダメなわけ?確かに体はマッチョじゃないけどそれなりに鍛えてるし、一応腹筋だって割れてるしさ!ほら!」

簾は立ち上がりお腹を見せた。

「おいおい、そんなもの出すな。うまくいかないことのほうが多いんだよ。」

「上手くいかなすぎ。」

簾はグラスに入った酒を飲み干す。

「それより友達はできたか?俺と飲むのもいいけど同年代の友達作れよ。」

「友達ぃ?んー・・・。」

簾は少し考える。

 

 

「れーん君。」

クラブのフロアをモップで掃除している簾に話しかけてきたのは少し細めで長髪の男の子だ。前髪がきれいに目の上でそろっていて、仕草はまるで女性の様だ。

「はい。」

簾はとっさに返事をする。

「そんな他人行儀な態度やめてよ。僕、簾君より多分年下だし。」

男の子は軽い口調で軽快に話す。

「僕、かずひと。仲良くしよ、れーん君。」

かずひとは簾の横に来て腕を組んだ。急なことに驚く簾。

「あ、あぁ、よろしくお願いします。」

戸惑いながらも返す。

「はぁ、だから!年下なんだから敬語じゃなくていいってば!」

「あ、そ・・・そうか。うん。よろしく。」

簾は苦笑いをする。

「簾君てかわいい顔してるから、ついつい話しかけちゃった。」

「え?」

そう言うとかずひとは簾の正面に立ちゆっくり顔を近づけてくる。

「僕みたいな男の子、嫌かな?」

どんどん近づいてくるかずひとの顔。

「ちょっと待って!」

そう叫ぶと簾は思い切り目を瞑った。

そして恐る恐る目を開く。いつの間にかかずひとの顔は離れていて、簾を冷めた目で見つめていた。

「嫌がりすぎ。」

先ほどまでとは違う冷静な口調で言う。

「話しかけたのは簾くんの教育係だから。ドリンクの作り方教えてあげる。」

「・・・え?・・・はぁ、なんだ。びっくりした。」

かずひとは意地悪に微笑むとカウンターのほうへと向かっていった。

 

 

「パパ?!」

「声大きい。」

驚き叫ぶ簾を冷めた目で見るかずひと。

「あ、ごめん。だってかずひと俺より年下だって言ってなかった?」

「19。」

「19歳?それでパパが3人もいるの?」

「まあ、一般的なゲイにはモテないけどおじさまにはモテるの。」

得意げに笑うかずひと。

2人の目の前にはたくさんのカクテルが並ぶ。練習で作ったようだ。

「へー。俺って何にも知らないんだな。世界は広いよ。」

「あはは。簾君て田舎者って感じ。」

「はぁ、感じじゃなくて田舎者だよ。」

いじけたように言う。

「でも田舎者ってモテるから。その内お客さんの前出ればたくさん声かけられるよ。」

「え?声かけられるの?」

「かけられる、かけられる。僕は相手にしないけど、他のスタッフは結構それで彼氏作ったり。確か面接はショウママだったよね?」

「ショウママ?」

「ショウジママ。副店長のこと。」

「ああ、あの人。店長じゃないんだ。」

「ショウママはこの店のお客さんと付き合って今は6人目。」

「6人目?!」

「いちいち大声で驚くのやめてくんない?」

「だって6人はさぁ。」

「ほんとに田舎者。ちなみにあそこにいるのがショウママの彼氏。そしてその隣にいるのが、昨日ステージで踊ってた子の彼氏。」

2人の目線の奥にはソファーに座って談笑するダンサー2人。開店前にくつろいでいる。

「へー、昨日のダンサーって、将也君のこと?」

簾はあからさまに不安そうな顔で尋ねる。その質問に、簾の顔を見るかずひと。

「はぁ。簾君も惚れたのね。」

「え?いやいやいや!惚れてないし!興味ないし!あの・・・あの人が!誰と付き合ってるのか気になっただけ!え?いやいや!違う!あの人のことが気になってるわけじゃない!誰のことも気になってない!」

急に簾は早口になる。

「はいはい。わかった。でも将也君はやめておいた方がいいと思うよ。」

「え?なんで?」

「将也君はね、誰とも付き合わないの。入ってくる子みーんな惚れては振られの繰り返し。いやがらせしようとした子もいるけど、将也君てボクシングやってるから、もう最強。それがさらにモテる理由。だから振られたらもう近づく子はいない。おかげで友達もいない。」

「・・・理想が高いとか?」

「さあねー。誰のことも相手にしないみたい。ちなみに将也君はここのオーナーと店長とは家族なんだって。」

「店長?」

「ああ、まだ会ったことないんだっけ?店長は良い人だけどオーナーはすごく怖い。そして将也君とオーナーは仲が悪い。だから2人が揃うとすごく気まずい。」

顔だけ笑いながらかずひとは簾を怖がらせるような情報を次々と教える。

簾は苦笑いするしかなかった。

 

「そうよー。大きな体のオカマが座ってるときは近づいちゃダメ。」

そこへ買い物袋を持ってやってきたのはケイコ。化粧も服もばっちり決まっている。

「あ!ママ!おはよう!」

かずひとは嬉しそうに挨拶した。

「おはよ。あなた簾君でしょ?ショウママから聞いてる。ママのケイコです。これからよろしくね。」

ケイコは気持ちのいい笑顔で丁寧にお辞儀をして見せた。とても感じがいい。

「あ、こちらこそ!よろしくお願いします。」

簾もお辞儀を返す。

「簾君、学生?」

「いえ!社会人1年目で。」

「ロケット作ってるんだって!」

かずひとが自慢げに言った。

「ロケット?どういうこと?NASA?」

「あはは、まさか。俺昔から星が好きで!小さい工場ですけどロケットの部品とか装置とかを作ってる工場です!規模は小さいけど開発部門とか、設計部門とかいろいろあって。小さいからいろいろやらせてもらえそうで、給料安いんですけど楽しいですよ!」

ケイコは嬉しそうに話す簾を見て、どこか嬉しそうだ。

「空が好きなの?」

「はい!」

「ふーん。そしてまー君に惚れてると。」

「まー君?」

「将也君のこと。」

かずひとはカウンターを出ようと簾の後ろを通り過ぎる。そして簾の耳元で囁くように教えてあげた。

「いや、聞いてたんですか?」

「まあねー。」

「だから!」

簾は必死になって否定しようとする。

「わかったわよ。」

それを察してケイコはかぶせるように言い、引き下がった。それを見て笑うかずひと。簾は大きくため息をつく。

「じゃあ、色々試してみれば?」

「色々?」

「そう、色々。」

「え!なーんか面白そう!僕も賛成!簾君かわいいし!」

カウンターの外に出たかずひとは、カウンターの上に身を乗り出し嬉しそうだ。

しかし簾はまだよく理解できていないようだ。

「あの、色々って何?」

ケイコもかずひとも、面白そうな顔をして簾を見つめた。

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