将也は相変わらず屋上で空を見上げている。昼間の熱い太陽が出ていてもお構いなしだ。おかげで将也の肌は真っ黒だ。何をするわけでもなく、屋上の隅に座りただ空を見上げていた。
「まずはとにかく話しかけてみること!」
「話しかけてみるって言ったってさ、いつもいつもあしらわれて終わるんだってば。」
「でも話しかけないと始まらないでしょ?」
「じゃあ将也君て何が好きとか知ってる?」
「確かに、話が面白くない説あるかも。」
「ひっでー。」
「そう言わずにさ!やっぱり盛り上がる話といえば・・・。」
「盛り上がる話と言えば?」
将也のその姿を物陰に隠れて覗いているのは簾とかずひと。
「やっぱりー・・・。」
「やっぱり?」
将也が空を見上げている後ろで簾は気まずそうな顔をしている。手を握ったり開いたりしてどこか緊張しているようだ。
「あの・・・将也君!」
将也が振り向く。
「おぉ・・・俺さ、その・・・童貞・・・なんだけど・・・あの、将也君て、タチとウケ・・・どっち?あの・・・ウケしたことある?」
聞いてみたものの簾は挙動不審だ。あまりの気まずさに目を合わせられなくなり下を見た。
「やりたいのか?」
将也が聞いてきた。
「え?いやいや!その!そういうことじゃなくて・・・その・・・いや、なんていえばいいのか。興味本位で・・・その。」
「掃除。」
「・・・・・・え?」
「掃除終わったら一人でオナニーでもしてろよ。」
そう言うとまた背中を向けてしまった。
簾はむなしそうな顔で何も言わず振り向いてドアへ向かう。
「あの話しかけ方はない。」
「それはないわね。」
ケイコとかずひとは呆れた顔で簾を見ている。簾はカウンターで両腕に顔を伏せていた。
「ていうか、童貞なんだ。」
かずひとは冷めた目で言った。
「童貞言うな!」
簾は顔を上げ、かずひとを指さし怒鳴った。
「そもそもお前が盛り上がる話と言えば下ネタだって言うから下ネタで話しかけたんじゃねーか!だいたい下ネタってほぼ初対面みたいな関係の俺と将也君にはハードル高すぎだろぉ!」
「それよりも致命的なミスをしてしまいました。」
かずひとが落ち着いた口調で言った。
「ミス?ミスって?何?」
簾は不機嫌だ。
「簾君のコミュ力の低さ。」
「それよ。」
ケイコも同調する。
「はぁ、もう二人の言うことなんか聞くもんか。」
そう言って簾はそっぽを向いてしまった。
「なーに言ってんの?」
かずひとが近くまで寄ってきた。
「まだ始めたばっかりでしょ?作戦なら考えてあるから大丈夫!」
「え?作戦考えてるの?」
「もちろん。」
かずひとは簾の肩に手を回した。簾はかずひとの「作戦」という言葉に反応し、かずひとを見た。そして少し考える。
「あのさ、なんか楽しんでない?」
怪訝そうにかずひとを睨む簾。
「悪い?」
悪びれる様子もないかずひとに簾はため息をついた。
「あのさ!お酒好き?あの、いい酒買ったんだけど!どうかな?一緒に、飲もうよ?」
簾は桐の箱を掲げ将也に声をかけた。
「今昼だぞ。」
そう言って将也は再び背中を向ける。
「これいくらしたと思ってんだよ!」
カウンターでそう怒鳴る簾にかずひとは冷静だ。
「あんたそもそも酒の味わからないか。失敗。ごめん。次!」
「次ぃ?!この酒は?!」
「おいしいわよー!あんたもこっち来て飲む?」
端ではケイコが箱を開けて酒を飲んでいる。
「映画好き?あのさ、気になってる映画、公開されたばっかりなんだけど一緒に行こうよ!」
「掃除は?」
将也は屋上の端で寝ころびながら簾の顔も見ずそう言った。それを聞いて不機嫌な顔をする簾。
「この前、ダンスシューズのお店行ったんだ。あの、これ買ってみたんだけどどうかな?教えてほしいなーとか思ったりして。えへへ。」
簾は新品の靴を履いている。照れ臭そうに笑った。
「お前には無理だ。」
将也は背中を向けたままそう言った。
「あのさ!」
「掃除。」
将也は簾の言葉を聞くこともなく一言返す。
「ディズニーランドって行ったことある?俺島育ちだし、島以外全然知らなくてさ!今度良かったらー・・・。」
簾の目に入ったのは将也の耳から延びるコード。イヤホンをしているようだ。
「聞いてないのかよ・・・。」
「よし、今日こそ。」
将也がドアを開けて屋上に出ると、いつもと違い将也はドアのすぐ横に立っていた。
「うわぁ!」
将也の姿に驚く簾。
「ほら。」
そう言って将也はモップを渡してきた。勢いのまま受け取ってしまう簾。将也は開いたままのドアへ入ると行ってしまった。
その後もあの手この手で話しかけ、プレゼントや口実を用意しては屋上へ行く簾。しかし帰ってくる返事はいつも、表情一つ変えず一緒だった。
「掃除。」
「掃除。」
「掃除。」
「掃除。」
「新記録?」
「新記録。」
ケイコとかずひとは明らかにディズニーランド帰りだ。カチューシャをつけたままカラフルなバケットを首からかけポップコーンを食べている。
「なんで俺が勝ってきたチケットを2人が使うんだよ!」
簾は2人向かって叫んだ。
「あんた行く人いないでしょ。」
かずひとはいつだって冷静だ。
「俺を連れてけよ!」
「あたしたちと行ってもねー。」
ケイコがかずひとに問いかけた。
「そうよ。初めては好きな人と行かなくちゃだめよ。」
「はぁ。」
大きくため息をついてカウンターに伏せる簾。
「もう俺お金ないよー。」
カウンターの上にはいろいろ並んでいる。新しいダンスシューズにバスケットボールやゲーム機。お菓子や人生ゲームの箱まである。
「あんた貢ぎ癖あるわね。」
「良くないわよ。まぁ貢ぐ男は好きだけど。」
「よく言うよ。」
簾は完全にいじけている。
「まぁ、落ち込むことないわよ。」
ケイコがカチューシャやポップコーンを置いて簾の前にやってきた。
「あんた、なかなか見どころあるわよ。」
「えー?見どころ?何それ?」
簾は伏せた顔を横に向けて気力なく聞いた。
「最近ね、あの子夜窓の外見て嬉しそうにしてるの。なんていうの?にやにやとまではいかないけど満足そうにしてるっていうか、楽しみにしてそうっていうか。部屋に入ると怒られるから外からそっと見てるだけだけど。あんな顔久しぶり。」
ケイコはどこか嬉しそうに微笑んだ。
簾は顔を上げる。
「楽しみに?」
「そ。なんだか、楽しそう。」
簾はケイコをじっと見つめる。
ここ最近雨は降っていない。本当に空はよく晴れ、昼間は風が熱い。夜は涼しくこれから訪れる本格的な夏を予感させる。
屋上ではいつも通り将也が端に座って空を眺めていた。その姿を少し離れて見つめている簾。立ったまま眺めている。
少し考えてからゆっくりと近づいた。
「掃除。」
簾が近づくと、振り返ることもなく将也はそう言った。その言葉を聞いて唇をとんがらせ将也の後姿を不機嫌そうに睨む簾。
「まだ何も言ってないだろー。」
不機嫌そうに言う簾。将也が振り向いた。
「今日は何買って来たんだよ?」
「・・・。」
簾は黙って睨んでいたが大きくため息をつくと、将也の座る端まで歩いて、外を眺めるように手を置いた。
「今日は何も買ってないよ。もうお金ないんだ。」
将也は空を見上げる。
「無駄遣いしたな。」
空を見上げる将也を見つめる簾。
「・・・前から思ってたけどさ、なんでいつもここにいるの?」
簾はまっすぐ空を見上げる将也に問いかける。すると将也の表情がかすかに曇る。
「・・・・・・。」
将也は視線を下ろす。そのまま何も答えなかった。
簾はその様子を見て悲しげに視線を逸らす。
「将也君さ、俺のこと嫌いなの?」
「・・・別に。興味ない。」
将也は少し不機嫌そうに返した。
「・・・。」
簾はしばらく黙った後、何も言わず将也に背中を向け去ろうとした。しかし、少し歩くと止まる。そして振り返って行った。
「将也君は弱虫だ!」
唐突に叫ぶ簾。その言葉に将也は再び振り返った。少し驚いているようだ。
「え?」
思わず聞き返す将也。
「そうやって冷たい態度取って自分のこと守ってんだろ?俺だって怖いのに勇気出してこんなに・・・。」
簾は顔を真っ赤にして怒りのあまり言葉に詰まる。
「た・・・確かに・・・俺だって勇気が出なかったこともあるけど、今度は自分に正直になろうって、せっかく勇気出して・・・俺だって・・・。」
簾はこぶしを強く握りしめ涙をこらえているが瞳には雫が溜まっている。地面を見て歯を食いしばりどこか耐えているようだった。しかし、簾は顔を上げて将也を睨む。
「将也君はさ!」
将也の顔を見て簾は言葉に詰まる。
まっすぐこっちを見ている将也の顔は驚いていると同時に瞳からうっすら涙を流していた。簾は予想外の出来事に驚いてしまう。
「・・・将也君、泣いてるの?」
その言葉に将也は自分の頬に伝わる涙に気が付いた。我に返ると簾に背を向けて涙を拭う仕草を見せる。
「・・・泣いてない。」
将也はぶっきらぼうに言う。
「え?いや、でも今泣いてたっしょ?絶対泣いてた!」
簾は怒りをすっかり忘れ将也を問い詰める。すると将也は屋上の端から降りてきて簾の前まで来ると胸ぐらを掴んだ。目の前に来ると将也の体は大きく力は強い。太い腕で簾の体を引き寄せると眉間にしわを寄せて簾を目の前で睨んだ。
「うぐっ!」
簾は胸元にある手を両手でつかむと怯える。殴られる準備をして歯を食いしばり、片目を瞑った。開いているもう片方の目もうっすらしか開いていない。
「泣いてない。」
将也は低い声でそうささやくと乱暴に簾を突き飛ばす。
「うわっ!」
簾はそのまま地面に崩れた。
将也は足早に行ってしまう。簾はただ愕然としている。
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