「あの将也君にそんなこと言うなんて勇気あるわねー。」
かずひとは隣でケイコと人生ゲームをして楽しんでいる。
「まー君キレると怖いのよ。ボクシングやってるしね。」
「マジで殺されるかと思った・・・。」
簾はカウンターに顔を伏せてすぐ横に置かれたウーロン茶を眺めている。
「ケイコママ!かずひと!久しぶり!」
そこへ店に入って来た男が2人に声をかけた。振り向く簾。そこに立っていたのは身長が高くさわやかな男だ。前髪を横に長し、黒のシャツにジーパンというシンプルな服。それでいてモデルのようなきれいな筋肉がきれいにシルエットを作る。良く焼けた肌に広い肩幅、目はきれいな二重でまるで芸能人のようにきれいな肌と、笑った口元から白い歯が見える。
「あら!悠介!どうしたの?」
ケイコは落ち着いた口調で男を迎え入れる。
「悠君!会いたかったー!」
かずひとも目の色を変えて男の元へ駆け寄ると大胆に抱きついた。
「あははは、俺も会いたかったよ。」
「ねぇねぇ店に戻ってくるの?」
かずひとは明らかに悠介が好きなようだ。
「あはは、戻らねぇよ。ママ、将也は?」
「今呼んでくるから、座ってて。簾、何か飲み物出してあげて。」
「ありがと。簾君?初めまして。悠介です。」
悠介は礼儀正しく簾に挨拶すると隅の席に腰を掛けた。隣にはかずひとがすかさず座る。
簾は悠介に恥ずかしそうに会釈をする。
「あの人誰ですか?」
カウンターで簾はグラスを洗いながらかずひとに聞いた。かずひとは向かいに座りすねたように人生ゲームの駒を並べて暇つぶしをしている。横ではケイコがタバコを吸っている。奥の席にはもう悠介はいない。
「将也君の元カレ。」
「え?!も・・・元カレ?!」
簾は思わず大声を上げた。
「すげー久しぶりな気がする。ここ来るの。」
悠介は店の屋上にいる。将也が座る端の塀に手をかけ下に見える道や建物を見下ろしている。
辺りはもう暗くなり、街はネオンに照らされている。風が涼しく、丁度いい。
「気がするじゃなくて、久しぶりだろ。」
将也は簾の時とは違って、落ち着いていて口調も優しい。
「最近どうしてた?」
悠介は懐かしそうに将也の横顔をまじまじと見つめている。
「別に。いつもと変わらない。」
将也は相変わらず空を眺めている。ぶっきらぼうに答えるその顔を悠介はじっと見つめている。
「・・・。」
何も言わない2人。
「はぁ。」
将也がその空気に耐えられず、大きくため息をついた。そして諦めたように悠介を見る。
「やめろよ、その視線。」
「なんで?」
悠介はどこか楽しんでいるようだ。将也は視線を逸らす。
「何しに来たんだよ。」
「そんな言い方するなよ。好きな人に会いに来ちゃダメか?」
悠介は将也のすぐ横まで近づいてじっと見つめる。背が高いせいか将也の顔のすぐ横まで迫っていた。将也はすぐ隣に悠介の気配を感じているが、あえて前を向いたまま黙っている。
「なぁ、こっち向けよ。」
悠介は甘い声で誘う。
将也は悠介のほうを向いた。近い距離で2人の顔が向き合う。見つめ合う2人は少しの間黙ったままだ。しかし、最初に口を開いたのは将也だ。
「俺で遊ぶな。」
その言葉に悠介は笑う。
「また振られたな。」
明るくそう言うと少し将也から離れ、また下の景色を見た。将也は呆れたように前を向く。
「最近好きな奴がいるって言ってただろ?そいつと付き合ってるのか?」
「別に好きじゃない。」
「あー、友達だっけ?」
「・・・。」
「好きなくせに。俺のこと何度も振ったんだからそいつと付き合えよ。」
「そんなんじゃない。」
「相変わらず不器用だな。」
将也は何も言い返さない。
「振られついでにさ、もう1つ。」
将也が悠介のほうを向いた。
「もう1つ?」
「俺アメリカに行くことになったんだ。最近知り合った外国のダンサーに誘われてさ、振付師やることになって。」
将也は少し驚いた様子だ。
「いつから?」
「来週。」
「・・・そっか。早いな。」
「寂しい?」
「・・・いや、頑張れよ。」
「あはは、そっか。一緒に来るか?」
「え?」
「もう1人いないかって言われててさ。」
「俺、英語なんて話せないし。」
「ああ、それなら大丈夫。最初は俺と2人でやるんだ。言葉は俺が何とかするから俺のアシスタントというかアドバイザーというか、言葉は勉強しながらでいいんだ。向こうに住んでれば覚えるのも早いだろ。」
「本気?」
「本気じゃなきゃ自分を振った男に会いに来たりしない。」
「・・・。」
将也は戸惑っている。
「別に今じゃなくていいよ。やりたくなったら来てくれよ。とりあえず俺一人で頑張ってみるからさ。ちゃんと断ってくれれば他のダンサーを探すよ。答えを聞くまでは空けておく。お前のダンスの腕は俺なんかより上だし、もっと大きな世界で活躍できる。考えて答えを出したらメールくれよ。それに安心していいよ、アメリカに来てもまた言い寄ったりしないからさ。あくまで仕事のパートナーだ。どうだ?考えてくれるだろ?」
「・・・いや、悪いけどやめとくよ。」
将也はどこか悲しげだ。
「・・・そうか、わかった。でもさ!いつか自分の夢を追いかけたくなったら連絡くれよ!」
「うん、ありがとう。」
将也は微笑んだ。
「夏の旅行?」
いつものように掃除する簾。カウンターではケイコがお酒を飲んでいる。
「そうよ。毎年行くの。」
「今年はどこかなー。」
かずひとは旅行雑誌を見ながら機嫌よさそうだ。
「それって・・・。」
簾は少し考える。
「来ないわよ。」
簾の考えを呼んだケイコがとっさに言う。
「え?」
「そうそう。将也君は毎年欠席。何回か来たことあるんだっけ?」
「ないわよ。まー君は来ないわよ。」
「なんで?」
簾は残念そうだ。
「なんでかは誰も知らない。誘ってみたら?」
「え?いや、俺が誘っても・・・。」
「そうよねー、この前殺されかけたんだものね。誘ったりしたら確実に殺されるわね。」
「ちなみに・・・どこ行くんですか?」
「今年は・・・そうねー。」
「海がいい!ハワイとか!」
「ハワイなんて行けるわけないでしょ。でも海は良いわね。」
「海・・・。」
「何よ、あんた海が好きそうじゃない。楽しいわよ。」
かずひとはすっかり楽しそうだ。しかし簾の表情は暗い。
「好きっていうか・・・海で育ったようなもんだし・・・ついこの前まで南の島にいたんで・・・俺はどっちかというと山とか・・・あの大阪なんて・・・。」
かずひともケイコも簾の話を聞いていない。
そこへ体の大きな女性が現れる。
「あ!レイコママ!」
かずひとが愛想よく挨拶した。すかさずケイコが立ち上がりドリンクを用意する。アルコールを出すようだ。
かずひとは笑顔であいさつすると颯爽と簾の横に来て耳打ちした。
「ここのオーナーよ。挨拶して。」
「あ、はい。」
「怖い人だから礼儀正しくね。」
そう言うと端の席に移動した。
簾が見た限り女性に見えるが、「ママ」と呼んだところを見ると男なのだろう。体が大きく、上からまるで布をかぶるようにドレスを着ている。随分ゆったりしている服だ。
髪を上で縛り化粧はばっちり。しかし不機嫌そうな顔をしている。
「あのー。」
簾は恐る恐る話しかける。
「・・・。」
簾の言葉はそこで止まってしまった。そこへやってきたのは将也だ。この前屋上で胸ぐらを掴まれて以来だった。
カウンターの端に座るレイコ、そして反対側から将也。2人は顔を合わせてすぐに視線を逸らした。将也はカウンターの一番端に座る。レイコから一番遠い席だ。
「今夜のダンスのテープ。」
将也が言うとケイコがCDを渡してきた。将也はCDレコーダーに挿入し、イヤホンをつけた。
レイコにはお酒の入ったグラスが渡される。
2人の間には簾がいた。将也の姿を見て随分気まずそうだ。簾は将也に背を向けてレイコをのほうを見た。
「あの・・・新人の槇野簾です。よろしくお願いします。」
レイコはちらっと簾を見ると興味なさそうに視線を逸らし手に持ったグラスのお酒を飲む。簾はその反応に戸惑った。今度は振り返って将也のほうを向く。そして近づいた。
「あの・・・夏の旅行っていうのがあって・・・知ってるよね、もちろん。」
簾は苦笑いをする。
「将也君、来ないの?」
将也は耳にイヤホンをつけたまま何も反応しない。
「この前はさ・・・ちょっと俺も言い過ぎたかなって。だから・・・その、仲直りってわけじゃないけどきっと楽しいかなって・・・。あの・・・・・・聞いてる?」
簾はやっと将也の耳元のイヤホンに気が付いた。
「行けばいいじゃない。どーせここにいたっていつまでも屋上でぼーっとしてるだけなんだから。」
突然レイコが話し出した。少し大きめの声で、その言い方はまるで怒っているかのようだ。簾は驚いてレイコのほうを向く。
「・・・ま・・さや君に・・・言ってるんですよね?・・・俺?」
あまりに唐突なレイコの言葉、そしてレイコの太くて低い、迫力のある声に簾は先ほどと同様戸惑っている。
「興味ない。」
将也も唐突に答えた。
「え?聞こえてたの?」
簾はただ単に無視されていただけだと知ってさらに困惑する。
「旅行に行っていい男でも見つけてきたらいいのよ。いつまでも空ばっかり見上げてたって降ってくるわけじゃないんだから。」
レイコは明らかに挑発している。簾はその不穏な空気にやっと気が付いた。
「やめなさい。」
ケイコは静かにレイコを止めた。「ふんっ」と鼻を鳴らしグラスに口をつける。しかし、今度は将也のほうがイヤホンをもぎり取るように勢いよく外すと立ち上がった。
「どういう意味だよ?」
レイコのほうへ言い寄った。かなり怒っているようだ。眉間にしわを寄せ今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「まー君。」
ケイコが止めようとするが聞かない。レイコと将也の間にいる簾はとっさに将也を止めに入った。
「ちょっと、どうしたの?」
そう言って将也の胸のあたりを手で押さえる。体が大きく迫力がある。
「どけ!」
そう怒鳴ると簾を突き飛ばした。
「うわっ!」
簾は床に崩れる。将也はそのままレイコの元へ行く。
「言いたいことがあるならはっきり言えよ!」
レイコも立ち上がる。
「気に入らないなら殴ればいいでしょ!ほら好きなだけやりなさいよ!」
2人の怒声が響く。
「いい加減にして!」
ケイコがそう叫ぶと2人の声は止んだ。しかし立ったまま2人は睨み合っている。将也は必死に自分を抑えているようだ。頭に血が上り顔を赤くして、おでこには血管が浮き出ている。
簾はその光景をただ見ているだけだ。あまりの迫力に動けずにいる。
しばらく睨み合っていると将也は勢いよくお店を出て行ってしまった。
「大丈夫?」
ケイコがすかさずカウンターから出てきて簾を起こす。
簾は将也を出て行った扉をじっと見つめる。
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