青空で光る星 第三部~美奈子


ここ最近は雨が多い。空気はじめじめしていて体にまとわりつくような湿気が漂っていた。そして、気温も高い。ビル街ではなおさら熱く感じる。

 

簾は傘を持って屋上への扉の前にいた。そっと扉を開けて外を見る。雨に濡れていないのは扉の前だけだ。ちょうど上に小さめの屋根があり、それ以外はすべて濡れてしまっている。簾はいつも将也が座っている端を見るが、もちろん将也はいない。

「やっぱ雨の日はいないのか。」

独り言を言うと傘をさして外へ出た。いつものように掃除道具を持つ。雨で濡れてしまっている。

「うわっ!」

戻ろうと振り返る簾は声を上げて驚いた。ドアのすぐ横に壁によりかかるように座る将也がいた。じっと簾を見ている。

「びっくりした。」

将也は無表情で興味なさそうに空を見上げる。

簾は気まずそうな顔をして、黙ってドアまで戻り傘をたたむとドアノブに手をかけた。

「悪かった。」

唐突に将也が呟いた。

「え?」

「この前。」

意外な言葉に簾は少し考えた。なんて言えばいいかわからずに戸惑っている。

「掃除行けよ。」

将也は謝ったものの相変わらず素っ気ない。

「この前の人さ。」

「誰だよ。」

「将也君の元カレ。」

「元カレ?」

「背の高い・・・顔も・・・カッコいい。悠介君・・・だっけ?」

簾は少しいじけているようだ。

「元カレじゃない。」

「え?元カレじゃないの?!俺はてっきり・・・ていうかかずひとは元カレって言ったんだけどな・・・。」

「そのブツブツ言うのやめろよ。」

「え?」

「聞き返すのもやめろよ。」

将也は淡々と言う。

「そんなこと言われても・・・じゃああの人元カレじゃないなら・・・友達とか?」

将也は簾の顔を見る。

「なんでそんなこと知りたいんだよ。」

簾は恥ずかしそうに視線を逸らす。

「いや、知りたいって言うか何ていうか・・・。」

明らかに動揺している。

「はぁ・・・ダンサーなんだ。アメリカに行くから一緒に来ないかって。」

「あ・・・アメリカ?」

「・・・。」

将也は何も答えない。

「アメリカ・・・行くの?」

「・・・俺のダンスなんて通用しない。」

将也は表情を崩さない。淡々と答えるばかりだ。だが時々、考えているようにも見える。

「でも凄かったよ。何度も見たわけじゃないし、俺ダンスなんかよくわからないけどさ。かっこよかった。才能があるんだから夢を追いかけるべきだ。」

「・・・・・・お前の夢は?」

「え?俺の夢?俺の夢は・・・その、星が好きだから宇宙に関する仕事に就きたくて。まあ、小さい町工場だけどロケット作ってるんだ。」

簾は空の話になると流暢に話す。

「ロケットって言っても小さい部品とかちょっとしたものなんだけど、それでも小さいなりに改良したり、素材を変えてみたり結構考えることが多くて。」

自然と笑顔になる簾。楽しそうだ。

「宇宙の仕事って言うか結局ただの町工場なんだけどさ。でも楽しい。・・・あ・・・。」

簾はべらべらと一方的に話す自分に気が付く。一瞬にして気まずそうな顔をし、ふと将也の顔を見た。将也はさっきと何も変わらない。

「そうか。」

簾はまた怒られるか冷たい言葉でもかけてくるかと思っていたが、意外にも将也は静かにそう言っただけだった。

「あの・・・ごめん。興味ないよね。こういう話になると、つい。将也君は?夢。」

「いつまでさぼってる気だよ。はやく掃除行け。」

いつも通り冷たい言葉。

しかし、簾はなぜか嬉しそうだ。静かに微笑むとドアノブに手をかける。

「うん。」

一言返事をすると下へ降りて行った。

 

独りになった将也は膝を立たせ腕を乗せた。そしてその腕に顔をうずめる。どこかつらそうな表情で。

さっきまで降っていた雨が止んで、雲の隙間から日差しが漏れる。

 

 

簾は手に一杯のビニール袋を持っている。中にはお菓子と瓶が入っている。重たそうだ。

今日はよく晴れていて、じめじめしている毎日の空気を吹き飛ばすほどカラッとしていた。そして暑い。

簾は汗だくだ。

 

「買ってきましたぁー!」

汗だくで疲れ果てたように荷物を置く簾。

「はい、どうも。あんたにお客さんよ。」

荷物を受け取るケイコ。あごで奥の席をさす。

「お客さん?」

簾が振り返るとそこにいるのは3人の女性だ。

「簾ー!」

「簾君?かわいいー!」

もう一人は笑っている。

「え?!」

簾はその顔に驚く。

1人はよく日に焼けていて髪が短く、スタイルのいい女性。泉だ。よく日に焼けていて健康的な体つきだ。簾と同じくらいの歳。そして楽しそうに笑っている女の子はまだ幼く、服装も髪型も子供っぽい。七海だ。

そして最後の一人は、美奈子だ。

「あんたなんだか逞しくなってるかなって思ってたのに何にも変わらないのねー!」

美奈子は席を立ち簾の元まで寄ってくる。肌を出した派手な格好をしている。

「何してんの?!来るなら連絡しろよ!」

「いいじゃない!こんな店で働いてるなんてちゃんと言いなさいよ!」

「なんでここが分かったんだよ?」

「職場の人に聞いたの。」

「え?職場にも行ったのかよ!てか社長にしか言ってないのに。」

「全員知ってるわよ。あんたが男好きだってことも。」

「全員?・・・最悪だ・・・。」

簾は頭を抱える。

「簾君?初めまして。泉です。」

そこへ泉がやってくる。

「あ、どうも。」

「私七海です!」

七海は元気がいい。

「あ、簾です。・・・友達?」

美奈子に聞く簾。

「さっき知り合ったのよ。泉ちゃんは消防士。七海ちゃんは中学生なのよねー。」

「私の娘よ。」

バーで簾が買ってきた品物を整理しながら言うケイコ。

「え?ママ娘いるんですか?」

「いるわよ。息子3人、娘2人。」

「そんなに?!どうやって産んだの?」

「あはは!拾ったの。私がどうやって産むのよ。」

「ちなみにあんたがぞっこんの将也君もママの息子よ。」

美奈子が簾の耳元で囁く。

「私とレイコの息子よ。」

そこへケイコがやってきて意地悪そうな顔をしてそう告げた。

「いやいやいや、全然わかんない・・・色々わかんない・・・うん、わかんない・・・ちょっと整理させて。ちょっと・・・わかんない・・・。」

ぶつぶつ言いながら席を離れる簾。

 

 

夜、簾がカウンターでお酒を作っている。お客はそれほどおらず、ステージも誰もいない。

奥では美奈子と泉が楽しそうに飲んでいる。大きな声で楽しそうだ。

カウンターの端では将也が七海に勉強を教えていた。

「次この問題だ。」

「まだやるのー?」

「ここまでやるって約束しただろ。もう少しだ。がんばれよ。」

いつも通りクールな口調で教える将也。

簾はそんな将也が気になるようだ。意外な一面に興味があるようだ。一方将也は簾のほうを一切向くことはない。

「簾、もういいわよ。」

ケイコの言葉に振り返る簾。

「え?でもまだ早いっすよ。」

「せっかくお母さんが来てるんだから、今日ぐらい早く上がっていいわよ。あんたも席に座って何か飲みなさいよ。1日分給料あげるから。」

「あぁ、ありがとうございます。」

 

 

「簾ー!」

美奈子はすっかり出来上がっている。

「簾ー!」

泉も真似をして簾を呼んだ。

「はぁ。」

簾は大きくため息をついて美奈子の隣に座る。

「色々聞いたわよー。簾君空が好きなんだって?」

泉もなかなか酔っている。

「いや、空って言うか、俺が好きなのは星で・・・。」

「何が違うの?」

美奈子は簾の言葉を遮った。

「もう、飲みすぎだよ。」

簾は呆れている。

「いいじゃない!離れたかわいい息子に会いに来たんだから!」

「そうそう、親と離れるって寂しいんだから!」

「泉ちゃんわかってくれる?」

「わかるわかる!」

2人は随分と打ち解けていた。

 

「終わったー!」

カウンターから声を上げたのは七海だ。大声で叫ぶと簾が座る席のほうへやってくる。

「私もいーれて!」

嬉しそうに泉の隣に座った。

「七海!えらいわよー!」

泉は七海を抱きしめた。

「将也も一緒に飲んだら?」

泉が声をかける。

「俺はいい。」

ちらっと泉のほうを見るとそっけなく答える。

「えー!来てよー!おねがーい!」

七海が椅子をポンポン叩いた。

「おねがーい!」

一緒に言うのは美奈子だ。

「いや、やめろよ。」

簾は慌てて美奈子に耳打ちする。

「なんでよ?」

簾は恐る恐る将也を見た。少し考えているようだ。

「はい。」

そう言ってケイコが将也にお酒の入ったグラスを渡した。しぶしぶグラスを受け取り将也はテーブルへ向かう。

女性たちは黄色い声を上げて喜んでいる。

「チャンス!」

美奈子は簾に見せつけるようにこぶしを握る。簾は何かを予見し気まずそうな顔で将也を見た。

 

 

「小さい頃から空ばっかり。父親は海の男だったのに。逞しくて日に焼けて、そんな男になってたら今頃モテモテだったのにねー。」

美奈子はからかうように簾の体を触る。

「もう!べたべたするなよ!」

簾がムキになる度に女性たちは大声で笑った。

お店はすでにがらんとしていて、他にお客はいない。ケイコも一緒に席で飲んでいる。

「今でも十分かわいいわよー。」

泉も一緒になってからかう。

「いや、そういうのいいってば。」

「どんな人がタイプなの?」

七海は何気なく聞く。手元にはお菓子とジュース。

「え?どんな人って・・・。」

簾は下を向いた。ゆっくりと視線をずらし、端で黙ってグラスを持つ将也のほうを見た。将也もこっちを見ていて、目が合う。その瞬間簾は視線を逸らし、わかりやすく顔を赤らめた。

その視線の動きに全員が気が付く。

美奈子はおもむろに席を立つと将也の隣に座った。

「将也君はなんで彼氏作らないの?」

美奈子の何気ない質問で、みんな気まずそうに黙り込んだ。

「興味ないんで。」

将也は淡々と答える。

「そんなわけない!まー君くらいの年なら、まー君て呼んでいいわよね?」

「はい。」

「まー君くらいの年なら恋人くらいほしいでしょ?何か訳があるのね。誰にも心を開かずに人を遠ざけてるんでしょ?」

美奈子は酒臭い息をかけながら将也のすぐ隣まで顔を近づけ、人差し指で将也の頬を刺す。

話し方はゆっくりで、時々ろれつが怪しい。

将也の反応に泉もケイコも注目している。

「ちょっ・・・美奈子!やめろよ!」

簾は慌てる。

「私もそんな時期はあったわ!夫が死んで簾と2人残されて、もう誰のことも愛さないって決めたこともあったし、死にたいって考えたこともある。」

「え?」

簾は意外な美奈子の言葉に簾は驚いた。

「それでもこんな風に生きていけるんだからあんたはもっと自由に生きていかなくちゃだめよ!たくさん転んだっていーのよ!たくさん怪我したっていーのよ!なのにどーして簾を避けるの?」

「え?俺?」

簾は気が気じゃない。

「簾のことどう思ってるのよ?」

「どうって・・・。」

将也は何かを言いたげにしているが我慢しているようだ。

「本当は簾に興味があるくせに興味ないふりして。何をそんなに怖がってるの?話してみて!私がぜーんぶ解決してあげるから!振られることが怖いの?傷つくことが怖いの?」

「ちょっと美奈子!ほんとにやめろって!」

「何か言わなきゃわからないでしょ?人生経験よ?好きなら当たって砕けろよ?何かを失ってからじゃないと気が付かないわけ?あなた何かを失ったことがある?」

「両親が死んだ。」

将也はまっすぐ美奈子の目を見て答えた。美奈子はその言葉を聞いて言葉を失う。

「それに・・・。」

将也は言葉に詰まり美奈子から目を逸らす。グラスをテーブルに置くと立ち上がった。何も言わずその場を去る。

泉も七海もケイコも黙ったままだ。

「あ、将也君。」

簾は将也を呼び止めるが聞いていないようだ。

「おい!美奈子!」

そう怒鳴り美奈子を見ると、いつの間にかソファで横になって寝ている。

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