「最近話してないんでしょ?」
雨の中を傘を差しながら歩くケイコ。時々傘を回しながら雨の中でも優雅に歩いている。その横で簾は大きなビニール袋を両手に持ち、合羽を着て歩いている。
「はい・・・あれからもう随分。・・・あの、傘回すのやめてもらえません?水滴が飛んでくるんですけど。」
「そんだけ濡れてれば変わらないじゃない。」
雨は大粒でしっかりと簾を濡らす。
「そうですけどぉ、なんか気分的に嫌って言うか。」
「掃除道具も梅雨の時期は屋上に置いてないしねー。用はなくても行ってみればいいじゃない。」
「行くも何も、最近屋上にいないんですって。」
「あー、なるほどね。確かにいないかも。あの子しか屋上にいかないからわからないのよね。」
「いや、掃除道具取りに行く僕はしょっちゅう行きますけど。」
「控室にいるときくらいしかわからないって言うのもなんだかねー。って言っても子供みたいにいちいちどこに行くのって聞くのも逆効果じゃない?はぁ、親って大変だわ。」
「親って言えば、なんで将也君とレイコママってあんなに仲悪いんですか?」
「あー、色々あるのよ。」
「いっつもあんな感じ?」
「そうね。顔合わせれば喧嘩ばっかりよ。レイコは出ていけ出ていけってすぐ言うし、将也は将也で邪魔だとかいらないんだとか言わせようとするし。」
「でも親子なんでしょ?」
「家族の形も色々よ。昔はあんなんじゃなかったんだけどね。」
「昔?」
「昔。あんた今日まー君お店にいたら話しかけてみなさいよ。私遠くにいるから。」
「えー・・・なんで俺が?そんなに気になるなら自分で話しかければいいじゃないですか。」
「何よ、チャンスを作ってあげてるんでしょ。」
「いや、別に作ってないじゃないですか!」
「いいから話しかけてきなさいよ。あの子も待ってるわよ。」
「もうその手には乗りません。ていうかオープン前にお店にいることほぼないでしょ。」
「そうね。この前はオープン前にいたせいでえらい目にあったしね。」
「それ言わないでくださいよ。」
「言われたくなかったら話しかけなさい。」
「あの、それより荷物1個持ってくれません?」
この前皆で飲んでいた席でイヤホンをつけ音楽を聴いている将也。カウンターではケイコが買ってきたお菓子やお酒を片付ける。
「いるのかよ・・・。」
将也はぼそっと呟く。
「何突っ立ってんのよ?」
ケイコが後ろからプレッシャーをかける。そんなケイコを恨めしそうに睨む簾。
ふとカウンターの隅から自分のリュックを出して、それを持ち将也の座る席のそばまで行った。
将也はちらっと簾を見る。相変わらず興味なさそうにすぐ視線を逸らした。
「あの・・・。」
簾は立ったまま話始めた。かなり緊張しているようだ。
「これ・・・。」
鞄から箱を出した。
「うちの地元の・・・その・・・美奈子が・・・あの、俺のお母さん。送って来たんだ。この前のこと覚えてないみたいでさ・・・謝ってたよ。お・・・・・・俺からも・・・ごめん。」
簾はゆっくりと箱をテーブルに置いた。
「な・・・何入ってるか、実は俺知らないんだけど。なんか地元の・・・なんかだって。」
将也はイヤホンを外した。
「いいお母さんだな。」
「え?」
「はぁ、もう聞き返すのやめろよ。」
「あ・・・うん。」
「掃除。」
将也はそう言うと再びイヤホンをつけようとした。
「将也君の家族もいい家族だ。」
将也の手が止まる。
「羨ましかったよ。家は美奈子と2人だからさ、あんなに賑やかな家庭に憧れたこともあった。女相手で大変なのは同じだけど。」
簾は照れ臭そうに笑う。
簾がふと将也を見ると、少し下のほうを見つめて何か物思いにふけっているように見える。
「あ、俺、また変なこと言った?」
ちらっと簾を見ると、イヤホンをつけて一言いう。
「掃除しろよ。」
まるで何かから逃げるように言葉を濁す。
「・・・うん。」
簾は特に何か聞くこともなく、返事をする。
小さいバスで運転手の隣に居るケイコ。そして泉。2人は白いシャツと薄い水色のスーツを着て小さな旗を持つ。
「えー、本日はクラブフラワー観光をご利用いただきありがとうございます!」
妙に色っぽく声色を変えてマイクを使い話始める。
「本日はなんとちょーレアキャラ、将也君も来ております!」
泉も続いて同じように話し始める。その言葉に盛り上がる社内。
「オカマ用のお風呂はないので露天風呂付きのお部屋となっております!将也と同じ部屋になったラッキーオカマはごゆっくり裸の付き合いをお楽しみくださいー!」
「「キャー!」」
ケイコも泉も明らかに調子に乗っている。バスに乗る他の子たちも一緒になって騒いでいる。
「え?!裸の付き合い?!」
簾が反応する。
「アホか。」
将也は一番前の窓側の席に座る。隣に座るのは七海。七海はバスガイドの2人と一緒に声を上げて楽しんでいる。手にはお菓子。
一方簾は一番後ろの一番端。
「あー!もう!うるさい!」
将也の席の反対側に座るのはレイコ。その大きな体のせいで2人分席を使っている。レイコの一言でバスの中はシーンと静まり返った。
「そんな怒鳴り声にも負けません!さあ、右手をご覧ください!」
泉もケイコも気にせず続ける。バスの中もそれに合わせて盛り上がる。
「裸の付き合いって?」
簾は隣のかずひとにしきりに聞いてる。
「「来なきゃよかった。」」
レイコと将也は同時にそう呟く。
「へー、あれが将也君ねー。俺が同じ部屋になったら食べちゃお。」
簾、かずひと、そしてその隣に座るのは雄造だ。
「え?ちょっと待って待って!」
簾が雄造に突っ込む。
「あははは!ちょっとあんたならいけるんじゃない?お店の子とは無いけど外の人とはどうなるかわからないし!」
かずひとは雄造を後押しする。
「いや!ちょっと!いけるって何?ダメだろ!そもそも俺が連れて来たんだから俺と同じ部屋だろ!」
簾はかずひとの体を乗り越えて雄造に詰め寄った。
すっかり梅雨は空けて、空は青々としている。緑に囲まれた高速の上を小さめのバスが走る。
バスが到着したのは大きなホテルだ。リゾートらしいヤシの木が並び、ビーチ沿いに建つ。
フロントではケイコがチェックインを済ませる。隣で泉も同じように話を聞いていた。
フロントからは大きな窓から海が見える。皆海を見てはしゃいでいる。将也はただ海を眺めていた。
「あの、将也君。」
話しかけてきたのは簾だ。
「まさか、来てくれるなんて思わなかった。」
簾は嬉しそうだ。いつものようにたどたどしく、恥ずかしそうに話す。
「あの・・・なんで来る気になったの?」
将也は簾のほうを見る。
「俺は・・・。」
将也が何か言いかけた時、2人にケイコが声をかける。
「部屋の鍵よ。3時までは入れないから、今から水着に着替えてビーチに集合。はい、あんたに渡しとく。」
簾の手を取りカードキーを渡すケイコ。簾の肩に手を置き耳元に口を持っていく。
「まー君と同じ部屋よ。」
「え?!」
「早く水着に着替えなさい。凄いんだから、まー君のか・ら・だ。」
不敵に微笑んでケイコは行ってしまう。簾は顔を赤らめて将也を見た。
「お、俺!着替えてくる!」
恥ずかしそうに言うと足早に走って行ってしまう。
良く晴れたビーチ。ホテルの客で賑わっている。雲一つなく、日差しが焼くように降り注ぐ。
フラワー一同は派手な水着を着て甲高い声で騒ぎながら海に飛び込んだ。ビーチではケイコとレイコがゆったりしたワンピースでビーチチェアに座る。2人とも上品に日傘をさす。
簾は水色の水着でビーチに立つ。
「あんたも入りなさいよ。」
ケイコが言う。
「いやー、俺島出身だし、ついこないだまで居たんで。」
「何よ?千葉の海なんて入れませんて?」
レイコが重たそうな体を横たえ、不機嫌に言った。
「い、いや・・・入ります。」
「まー君!まだぁ?」
簾の後ろから声が聞こえる。振り返ると七海がいる。その後ろでは将也が浮き輪を膨らませている。そのまビーチに向かって歩いてくる。黒い海水パンツを履いて、よく焼けた肌にぼこぼこの腹筋。太い腕に熱い胸板。簾はその姿に見惚れてしまう。
「暑いよー。早く入りたい。」
将也は口を離し栓をした。
「ほら。」
浮き輪を七海に渡す。七海は海で他の男の子とはしゃぐ泉の元へ走って行った。
将也はポケットに手を入れ自分をじっと見る簾を見た。
「お前入らないのか?」
「・・・え?あ・・・俺、島出身だから、海は慣れてるし、まだいいかな。」
簾は目を逸らし恥ずかしそうに言った。
「そうか。」
将也は簾の横で海を眺めている。
簾は将也が隣に来ると少し後ろから将也の体をまじまじと見た。そして次は自分の体を見る。将也のように奇麗な凹凸もなく、細くはないが決して筋肉質ではない自分の体を見てがっかりしているようだ。割れていないお腹を手でつまむ。
「じゃあビーチバレーでもするか。」
将也は唐突に言うと簾を見た。
「え?」
意外な言葉に簾は驚く。
「やるか?」
「・・・うん!」
簾はあからさまに嬉しそうに笑う。
ビニールのボールが空に舞う。ジャンプする度にビーチの砂を派手に巻き上げ、汗が飛ぶ。将也がボールを飛ばすと簾が返す。簾の返すボールは将也の元へは行かず、風が吹くと簾の元へ戻ってきたりする。将也は必死になってボールの真下へ走り、無理な姿勢になりながら返す。その様子を見て、海から上がってきた泉やかずひと、雄造や七海、他のメンバーも参加する。
「昔は生意気だったのにね。弟と喧嘩して、お兄ちゃんに怒られて。」
「今でも生意気よ。」
ケイコとレイコはその様子を黙ってみている。時々会話をしながら。
何度も落ちるボールを拾い、楽しそうに笑う簾。将也も簾の間抜けな様子を見て笑っている。
時間はあっという間に過ぎていった。
「簾はどこの部屋?」
簾の肩を抱き聞くのは雄造。今日はタンクトップだ。
大きな宴会場に料理が並ぶ。簾は浴衣だ。
「俺はね、4001。」
「将也君と一緒なんだろ?後で行こうかな。」
「えー?」
「何それ?ダメなの?」
「いや、ダメって言うかさ・・・。」
簾はあからさまに嫌な顔をした。
「嘘だよ。」
「嘘かよ!」
「あははは!ムキになるなよ!俺は簾一筋!」
「出たよ。」
「まぁ、冗談はともかく、あとで部屋遊びに行くよ。」
「ああ、わかった。」
「俺がいい雰囲気作っといてやるからさ、頑張れよ!」
「頑張るって?」
「一緒に一夜を共にするんだろ!」
そう言ってこぶしを出す。簾の手を取り何かを握らせてきた。簾が握った手を開くと、そこにあるのはコンドームだ。簾は慌てて手を握った。
「何だよこれ!」
「あははは!頑張れ!チェリーボーイ!」
簾と将也、2人きりの夜が始まる。