青空で光る星 第三部~空


簾は肩を落とし、ホテルのバーへやってきた。浴衣はだらしなくはだけている。バーに入るとカウンターにはレイコが座っている。その大きな体をどっしりと椅子に乗せグラスのお酒をちびちびと飲んでいる。簾はその姿に気が付いた。

簾はいつものように怯えることもせず、レイコと席を2つ空けて座った。

「ご注文は?」

ウェイターが愛想よく尋ねる。

「強めの酒を。」

簾はぶっきらぼうに答えた。レイコが簾に気が付く。特に話しかけることもない。

「どうぞ。」

ウェイターが酒を差し出すと簾はそれを一気に飲み干した。

「ゴホッゴホッ。」

簾はむせてしまう。手で口を押え涙目になる。無理をして飲んでいるのは誰の目にも明らかだ。レイコはその姿に呆れているようだ。

「フラれでもしたの?」

レイコは何気なく尋ねた。

「・・・はい。もう一杯ください。」

「やだ、本当にフラれたのね。」

お酒が注がれるとまた一気に飲み干し、再びむせる。

「あんた将也のことが好きなんだってね。将也にフラれたの?」

「・・・はい。もう一杯ください。」

ウェイターは少し困惑気味だが言われた通り酒を注ぐ。それを手に取ると再び一気に飲み干そうとする簾。

「ちょっと待ちなさい。」

レイコは思わず立ち上がりグラスを止める。簾は抵抗することもなくあっさりとグラスを手放した。レイコは簾の隣に座る。

「将也にフラれたのね。」

「・・・。」

簾は少し下を向いて何も答えない。

「あいつもお高くとまってんのよ。さっさと男見つけて出てってくれればいいのに。」

レイコはいつも通り不機嫌そうだ。簾はずっと黙ったままだ。レイコは簾の横顔を見てさらに呆れる。

「はぁ。好きだったのね。」

「・・・はい。」

「もう諦めるの?」

レイコの口調が少し優しくなる。

「・・・俺。」

簾が静かに口を開いた。

「俺、将也君の何かになれればよかったんです。特別な存在じゃなくていい。でも将也君にとっての何かになりたかった。がんばったんですけどね。」

簾は無理やり笑顔を作る。

「なれなかった。」

「もう寝なさいよ。」

レイコはそれ以上何も言うことは無く。簾は立ちあがるとバーから出て行った。

 

「まったく。しょうがねぇな。」

雄造はベッドで寝る簾を見ながら呆れている。ツインベッドの一つに簾が横になり、浴衣をはだけさせ寝ている。隣のベッドにはかずひと。座って簾を見ている。

「ほんとよねー。うまくいくと思ったのに。」

 

将也もシングルベッドで横になり寝ている。すぐ隣には七海。一緒になって寝ている。その様子を見ているケイコと泉。

「部屋無駄になったじゃない。」

ケイコも呆れている。

「将也、泣いてたね。」

泉がケイコに寄り添う。

「そうね。もう少し、時間が必要よ。心の傷はすぐには治らないもの。まったく、心配ばっかりかけて。」

呆れながらも心配そうに将也を見ている。

 

 

空が曇り、空気は蒸している。生ぬるい風が少し強めに吹いていた。

今日はみんなそれぞれ思い思いに過ごす。

かずひとと雄造、そして簾はビーチに来ていた。ビーチにはケイコと七海がいる。そこには将也の姿も。

「話しかけてきなさいよ。」

かずひとが簾に言うが、簾は将也を見つけると気まずそうに視線を逸らす。

「いや、いいんだ。それより泳ご!」

そう言うとニコッと笑い、海に向かう。

「無理しちゃって。」

「次はどんな作戦で行く?」

「しばらく放っときましょ。」

かずひとと雄造は簾の後姿を眺めている。

 

七海が手に何かを持って将也とケイコの元へ走ってきた。

「あまり奇麗なのが見つからないの。」

手を広げて見せてくれたのは貝殻だ。オレンジ色やきれいな白の貝もあるがどれも欠けてしまっている。ケイコが一緒になって貝を見る。

「海の中に行けば奇麗なのあるのかな。」

「この辺はどうかしらね。」

「取ってきてやるよ。」

将也が立ち上がる。

「風が強いから気を付けてね。」

「ああ。」

海に向かう将也。その視界に海へ向かう簾の姿が入る。

「早く!」

簾が振り返り雄造とかずひとに手を振る。簾の視界にも将也が入った。2人は一瞬目が合うが、気まずそうに視線を逸らした。将也は何事もなかったかのように海に入って行く。

「やっぱり今日はやめた方がいいわよ。」

かずひとが簾の元へやってくる。

「ああ、風もさっきより強くなってきたし、雨も降るんだってさ。」

「雨?」

「あんた天気予報くらい見なさいよ。海で泳ぐのはやめて、プールにしたら?」

「え?プール?2人が潜り方教えてくれって言うから来たのに。」

簾はがっかりしている。

「そんなこと言ってねーよ。島育ちだと潜るのがうまいって話してただけだろ。」

「あんた自慢したいだけでしょ。」

「そもそもお前海は飽きてんだろ?」

雄造もかずひとも乗り気じゃないようだ。

「自慢とかじゃねーよ!だってやることねーし。」

「今日は波も高いし無理なんじゃない?」

「でも!さっき将也君入ってったし!」

「ああ、将也君はほら。」

「な・・・なんだよ?」

「体力あるし。」

「ああ、マッチョだし。」

「イケメンだし。」

「何でもできそうだし。」

「イケメンだし。」

2人で楽しんでいるようだ。

「俺だって潜れるよ!てか顔関係ないだろ!」

簾がそう言った途端空に雷の音が響き渡る。地を割るようなその音は簾を海から遠ざけるには十分だった。

思わず簾は肩をすくめる。

その瞬間雨が降り始めた。大粒な雫が次々と落ちてくる。まだそれほど強くなっていないがすぐに強くなりそうだ。

「はぁ、帰ろ。」

簾はがっかりして肩を落とす。

「簾、将也見てない?」

簾に声をかけたのはケイコだ。傘を差し海の近くまでやってくる。

「あ、将也君、海に入って行った。」

簾は海を見る。かずひとと雄造も駆け寄ってきた。泉も遠くで心配そうに見ている。

 

 

海の中は静かだ。将也は2メートルくらいの深さを器用に潜り、岩場の下などを探していた。手には数個の貝殻が握られている。良さそうな貝殻はここには無いようだ。将也は水面に向かって体を起こし浮上した。

水面から顔を出すと雨が激しく降り、雷が鳴っていた。空を見上げる将也。遠くからかすかに声が聞こえる。ビーチを見るとみんなが将也の名前を叫んでいるようだ。岸に向かって泳ぎ始めようとした瞬間後ろから大きな波がぶつかる。大きな音を立て将也の体をぐっと押した。そのはずみで手に握っていた貝殻を落としてしまう。水中で目を開くと貝殻が落ちていくのが見えた。将也はそのまま潜り落ちていく貝に向かって泳ぎ始める。しかし、勢い良く押し寄せる波に体を流される。前に流されたと思ったらすぐに後ろへ流される。今度は下に。将也は上下左右の感覚がなくなってしまう。危機を感じるや否や水面へ上がろうとするがどっちへ泳げばいいかもわからない。

 

「やばいぞ・・・上がってこない!」

雄造が大声で知らせる。

「どの辺り?」

ケイコがすぐやってくる。

「あそこ!」

雄造が指を刺した。

「将也は?!」

そこへ泉がやってくる。七海が呼んできたようで、七海は安全な後ろの方で見守っている。

「あそこに顔を出したって。上がってこないの。」

ケイコが泉に叫んだ。

「助けに行かなきゃ!」

そこへやってきた簾が海へ向かう。

「素人じゃ溺れる!私が行くわ!」

泉はとっさにTシャツを脱いで海へ飛び込んでいった。手にはオレンジの浮き輪を持っている。

 

将也は波に飲み込まれ体をぶつける。手が数か所切れてしまい海の中に微かに血が流れる。しかしそれもすぐに波に流される。やがて口から大量の空気を漏らした。慌てて手で口を押える将也だがすでに水を飲んでしまっていた。苦しそうな表情で目を開けるとそこには光が見える。将也は必死になって足をばたつかせた。海面から顔を出した瞬間、大きな波が覆いかぶさる。大きく息を吸った将也の口に水が入る。それでも将也は顔を出そうと必死にもがいた。

「将也!」

将也が何度も水面に顔を出すたびにすぐに波が押し寄せる。いくら足をばたつかせても高く浮くことができなかった。一瞬顔を出したときに、泉の声が聞こえる。

「ハァハァ、いず・・・泉!」

必死に泉の名前を呼び自分の居場所を知らせる。泉は将也の姿を見つけ必死に泳ぐ。

将也は呼吸もままならずすでに大量の水を飲んでいた。もう息が持たない。かすかに残る意識の中で荒れた水面を見つめる。だんだんばたつかせていた足も力を失い、そのまま荒れる波に身を任せていく。

 

そしてどんどん、目の前が白くなっていく。真っ白に。

 

 

   あまりの眩しさに将也は目を細める。まるで真っ暗な場所に急に太陽のように眩しい光が差し込むように何も見えない。

   ゆっくりと目を開ける。目が痛いほど眩しい。真っ白の視界はやがて少しずつ色を取り戻す。

   コンクリートの地面。周りは塀で囲まれていて、それもすべてコンクリートだ。

   灰色で所々汚れている。眩しかった光の正体は太陽だろうか。空は雲一つない青空で、真上からぎらぎらと太陽が照らしている。

 

   ここは見覚えがあった。

 

   将也は白い半そでのシャツを着ている。グレーのズボン。まるで高校の時の制服だ。それに、この場所も高校の屋上だ。

   辺りを見回す将也。端に男が立っている。

   後姿だ。将也と同じくらいの高い身長と広い肩幅。

   髪の毛はうっすら茶色がかっていてぼさぼさだ。くせ毛があちこちに飛び跳ねていてそれが無造作で男らしく見えた。

 

   その後姿にも見覚えがあった。

 

   将也はゆっくりと近づいていく。すると男が振り返った。

 

   「・・・俊太郎?」

 

   将也がそう呟くと男は優しく微笑み返す。その笑顔は昔のままの俊太郎そのものだった。

   将也は瞳に涙を溜め、俊太郎の元へと近づいていく。まっすぐ顔を見て、何も言わずに。

   目の前まで来るとまじまじと顔を見る。やがて肩を震わせ、唇を震わせ、次々と涙をこぼし始めた。

   「・・・ごめん。」

   震えた声でやっと絞り出した言葉。そして将也は俊太郎の胸に顔をうずめた。

   「ごめんな。守るって言ったのに・・・ごめん・・・・・・ごめん。」

   将也は震えた声で何度も何度も謝った。涙が止まることは無い。声を出してがむしゃらに謝った。

   「ごめん・・・・・・ごめん・・・・・・。」

   そんな将也を俊太郎は両手で抱きしめる。将也は子供の様に声を上げて泣き喚く。

 

   俊太郎は抱きしめていた手を離し、将也の体を押す。

   離れた将也はくしゃくしゃの顔で目の前の俊太郎を見た。俊太郎は微笑んでいる。優しい顔で何も言わず将也を見つめ。

   そして、親指でゆっくり優しく、頬に流れた将也の涙を拭った。ニコッと笑い嬉しそうに将也を見て、満足そうな表情を見せた。

 

   少しずつ将也の視界がまた明るくなる。

   白い霧に包まれるかのように、周りが太陽よりも眩しい光に照らされるかのように景色も薄くなっていく。

   俊太郎の顔もどんどん薄くなって何も見えなくなっていく。

   将也は俊太郎の顔をじっと見つめていた。何も言わずただ見つめていた。

   俊太郎はいつまでも笑っている。優しく見つめながらただ笑っている。

 

   そして何も見えなくなった。

 

 

「ゴホッゴホッ!」

咳き込む将也は同時に口から大量の水を吐いた。目を開けるとたくさんの顔がこっちを覗き込む。泉にケイコ、七海、簾、雄造にかずひとも。

「大丈夫?将也?」

ケイコが大きな声で呼びかける。将也は状況が理解できていないようだがすぐに立ち上がった。

「将也?」

泉が呼び止める。

将也は辺りを見回す。誰かを探すように。そしてそこに居ないと知ると、海に向かってゆっくりと歩きだした。

ケイコが将也のもとに駆け寄り後ろから腕を掴む。

「将也。」

「・・・・・・。」

素直に立ち止まる将也。振りほどく力もないようだった。

突然、将也は肩大きく震わせて力なく膝をつく。そして急に大声をあげて泣き始めた。空に向かって声を上げ、赤子のように泣き始めた。

その様子を皆唖然としてみているしかなかった。何が起きているのかはわからなかったが将也の鳴き声に感じる苦しみだけは理解することができた。

 

雨は少しずつ弱くなり、止む。

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