青空で光る星~窓から入る月あかり


1階のバーの電気は消え、玄関には「close」の看板。

代わりに2階の窓から電気が漏れていた。

 

テーブルには家庭的な料理が並ぶ。豪華でこそないが、量は多い。大きな皿にどかどかと盛りつけられたその料理は、美味しそうなにおいと湯気を出していた。

レイコは長いテーブルの一番端、正面にどっしりと座って、横に子供たちが並ぶ。ケイコは台所で忙しなく食器を運んでいた。その横で泉がエプロンをして味噌汁をよそっていた。

 

「いただきます!」

「「いただきます!」」

レイコの大きく枯れた声の後に続く子どもたちと俊太郎。将矢は手を合わせるだけで何も言わない。そして一斉に食べ始めた。

 

「七海、いつまでもレイコにくっついてないでちゃんと座って食べなさい。」

「智兄、後で一緒にゲームしてよ。」

「今日は駄目だ!お前来週テストだろ?お前もだぞ、将矢!」

「俺は将矢と違って頭いいから大丈夫。」

「おい!何でいっつも呼び捨てなんだよ、クソガキ!」

「食事中は喧嘩しちゃだめ!」

「ぎゃはははは!呼び捨てにされてんの?あんた。」

「うるせぇ!」

 

「俊太郎くん?」

賑やかな会話が飛び交う中、ケイコがふと俊太郎の名前を呼ぶ。全員が俊太郎を見た。

手に持ったご飯茶わんの上には箸で大皿から取ったおかずが乗っている。

そして、ニコニコしながらなぜか涙を流していた。

「俊太郎くん、何かあったのか?」

智博が先ほどまでとは違い優しい口調を尋ねた。

「え?あ・・・あれ?おかしいな。楽しいのに。あははは・・・。」

どこかぎこちなく笑いながら俊太郎は茶碗を置き涙を拭う。その姿を将矢は何も言わず見つめていた。

 

「たくさん食べなさい。」

ケイコが優しく微笑み、そう言った。

「おお!食べろ食べろ!」

レイコは低い声で、勢いよく便乗する。

「はい!」

俊太郎はさらに嬉しそうに返事をした。

 

 

キッチンでは将矢と泉がお皿を洗っている。時折、洗って渡したお皿を泉から返される将矢。肩をがっくりと落としながらダラダラと洗っていた。奥の部屋ではレイコが大きな体を横にしてテレビを見ている。その体の上に乗る七海。その横の勉強机では裕介が机の灯りを付けて勉強していた。決して広くないその部屋でそれぞれが過ごす。

 

 

さっきまで電気が消えていた1階で、ケイコと智博が酒を酌み交わす。そこに俊太郎の姿もある。

「本当に大丈夫?家に電話しなくて。勝手に泊まったりしていいの?」

「はい!家、片親で、父親夜勤で。家に帰っても誰もいないっすから!」

俊太郎はにこっと笑い嬉しそうに答える。

「夜ごはん、どうしてんだ?」

智博もケイコもそんな俊太郎をどこか心配そうに見つめていた。

「適当っす!」

俊太郎はウーロン茶を片手に楽しそうに話す。

「そうなの・・・。」

「俺、こんな賑やかな夕食初めてだから、すげぇ楽しかったし、また来てもいいですか?」

「あははは!そうか!毎晩来てもいいぞ!」

「そうよ!まーくんが友達連れてくるなんて初めてなんだから、毎晩来なさい!」

「てか、泊まってくんだろ?」

「やだー、ほんとに泊まるのー?」

「変なこと考えてんじゃねぇぞ!」

「失礼ね!ちょっとお風呂覗くだけよ。」

「考えてんじゃねぇか!」

「はぁ、俺にもこんなかっこいい兄ちゃんいたらなぁ!」

俊太郎はウーロン茶を一気に飲み干した。

「え?俺かっこいい?」

「やだ、素質あるわ。」

「え?素質?素質って?」

「うちの長男こっちにモテるのよ。あんたたち似合うわよ。」

「いや、あほか!俊太郎が素質あっても俺はねーし!」

「ねー、素質って?何?素質って?」

 

ゲイバー花に楽しそうな声が響く。

 

 

まるでさっきまでの俊太郎の笑い声が嘘のようだった。辺りは静まり返り、電気は消され、窓から入る月あかりがうっすらと部屋を照らしていた。奥の部屋では泉から下の3人の子供たちが川の字で寝ている。端にはそれぞれレイコとケイコ。テレビがあった部屋だ。その奥には智博が一人、部屋にいる。音は聞こえない。

 

俊太郎と将矢は皆で食事をしたリビングに布団を敷いて、寝ていた。

 

俊太郎は天井を向いて、目をぱっちり開けていた。さっきまでとは違う真剣な顔をしている。

「将矢。」

小さな声で名前を呼ぶ俊太郎。

「ん?起きてたのか。」

将矢は横にしていた体を起こし、俊太郎を見た。すぐに枕に頭を戻す。俊太郎と同じように上を向いた。

「お前、何で死のうとなんかしてた?」

将矢は俊太郎の方を向く。そして、他の家族たちが寝ている方を向いた。ドアも何も無く数メートル先には家族が寝ている。

「おい、起きてたらどうすんだ?聞かれたらどっちにしろ殺されるぞ。」

囁くように怒鳴る将矢。

「だって、あんなにいい家族がいるのに。」

将矢は俊太郎の表情にふと気が付く。さっきまでとは違う、少し怒っているような、落ち込んでいるような悲しそうにも見える顔だった。

「・・・はぁ。」

将矢は小さくため息をついて、再び上を向く。両手を頭の上で組んだ。

将矢は静かに話し始める。

「・・・俺はずっと一人だから。」

「一人?」

「そう。父親は覚えてないくらい昔に死んだし、母親は俺のことなんか見えてないみたいに、毎日酒飲んで親父に一人で話しかけてた。寂しくなったら外で男作って、ろくに付き合いもせずに次から次に。学校でも同じだ。まるで俺はいないみたいだ。どこにも。」

「この家は?」

「俺にとっては何でもない家だ。食べるものと着るものがあるだけの家だ。急にこんなところに来て、しかも普通じゃない連中に家族だって言われても、俺には何でもない。俺はずっと一人だ。」

将矢が俊太郎を見ると、俊太郎は何か言いたげに将矢を見つめていた。

「分かってるよ。分かってるけど、俺じゃなくちゃいけない理由なんて、ないだろ?ここは、俺じゃない他の誰かでも、きっと同じように受け入れる。俺は世界の誰にも必要とされてないみたいで。だから、死のうとした。」

「今は?」

「え?」

「今も死にたいか?」

将矢は俊太郎を見る。そして、目を逸らし寝がえり背を向けた。

「お前に止められたからもう止めたよ・・・こんなにあっさり止めるなんてな。」

「それってさ!俺にとってお前じゃなくちゃいけないって思ったのか?!」

俊太郎はなぜか必死になる。

「はぁ?なんだよ?急に。」

「俺にとっては友達がお前じゃなくちゃいけないんだ!俺にとってはお前が必要なんだ!それをわかってくれたんだろ?」

「今日知り合ったばっかだろ。」

将矢は少し鬱陶しそうだ。

「時間なんて関係ないだろ!俺他に友達いないんだよ!お前と友達になるって決めたんだ!お前じゃなくちゃ嫌なんだからな!だからもう一人じゃないんだからな!」

「わかったからもう寝ろ!」

将矢は背中を向けたまま、嫌がるようにそう言った。その姿を後ろから見つめる俊太郎。やがて、にこっと笑い布団を被った。

 

 

奥の部屋では、智博が煙草を吸っていた。電気も付けずに、窓の外をぼーっと眺めながら。そしてふと襖の方へ視線を送る。襖の向こうではさっきまで俊太郎と将矢が話していた。もう声も聞こえない。

寝たことを確かめると、一人嬉しそうに微笑んだ。

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