空はすっかり夕暮時だ。
俺たちは誰もいなくなった教室で3人、俺と剛と隆史、窓から空を眺めていた。3人ともボーっとしながら、さっきの模擬試合を思い出していた。
「・・・なんかさ。」
剛が口を開く。
「田路先生と川喜田先生ってなんかあったのかな。」
遠くを見つめたままぼそっと呟く。
「・・・ああ、確かに。なんかそんな感じだったよな。」
隆史も素っ気なく答えた。
「・・・剛さ。」
「ん?」
「・・・お前、本当にあの部活行くの?」
「・・・。」
尋ねる俺の言葉に何も答えない。
「隆史は?」
「俺は・・・・・・行ってみようかな。」
隆史の意外な言葉に俺たち二人は、顔を見る。
「お前・・・行くの?」
剛は驚いた様子でそう尋ねる。
「ああ。剛は?いかねぇの?」
「・・・・・・行く!」
剛は嬉しそうに笑う。それを見て隆史も嬉しそうだ。
その姿を見ている俺は、なんだか複雑だった。高校生になってから、今までなんだか子供みたいに何も考えていなかった剛が、急に離れて行く気がした。
「大輝は?」
剛が期待の眼差しで俺を見る。隆史も俺を同じ眼差しで見ていた。
「え、俺?」
「お前も来いよ!」
剛がそう言った。
「お前もあの後、入りたいと思ったから勃ってたんだろ?」
剛がさらに続ける。
「え!いや、あれは・・・その・・・。」
模擬試合の後、俺たち3人は大変だった。
「お疲れ!良かったらいつでも見学に来ていいからな!」
先輩はそう言って笑顔で送ってくれようとしていた。だが俺たちはなかなか立ち上がれずにいた。勃起していたのだ。あんな試合に、まさか自分が興奮するなんて思っていなかった。俺たちはなんとか股間を隠しながら顔を真っ赤にして出てきたのだ。
「俺さ、カッコイイと思ったんだよ。なんか、すげーかっこいいなって。だから、入ろうぜ?」
剛は今までと同じように、子どもみたいに駄々をこねているようだった。
「いやぁ、俺は・・・。」
俺は返事に困る。
その時、ガラガラと音を立てて教室のドアが開く。
「何だお前ら、まだいたのか。」
教師がやって来た。見回りをしていたようだ。
「もう帰りなさい。」
そう言われ俺たちは教室を飛び出した。
「大輝はやっぱり野球部か?」
玄関で靴を吐きながら隆史が聞いてきた。
「え?ああ、うん。俺は野球しかできないから。」
「まあ、大輝は野球だよな。」
剛も諦めたのか、そう言ってくれた。剛とは別の部活になるんだと、そのとき心の中で思った。
「おい。」
その時、後ろから声を掛けられる。振り返ると田路先生がいた。ジャージに着替えている。
「あ、先生。」
「まだいたのか。」
少し呆れている。さっきの試合とはまるで別人だ。
「もう帰ります。」
剛がニコニコしながらそう答える。
「帰るならちょうどいい。これ、さっきの部室に届けてくれ。」
そう言って渡してきたのは綺麗に畳まれた真っ白なハンカチのようなもの。それを一番手前にいた俺に渡してきた。
「部室にですか?」
俺はおどおどしながら受け取る。受け取る時に先生の左薬指に指輪がはまっているのを見た。
「渡せばわかると思うから。分からなければ俺からと言えばいい。悪いな。」
「行こうぜ、大輝!」
剛が元気に言う。
「いや、お前らはもう帰れ。一人いればいい。」
「え?!」
一緒に行こうと思っていたのに、俺一人で行くのかよ!そう思った。あの部室に俺一人。かなり不安だ。
「はい。じゃあ、大輝、先に帰るわ。また明日な!」
剛はあっさり帰ってしまう。
「じゃあな!」
隆史も。
「よろしくな。」
先生も行ってしまった。
「・・・えー・・・。」
俺は手に取ったハンカチを見て肩を落とす。
正直、あの部室に俺一人で戻るのは嫌だった。
隆史も剛も何も言わなかったが、俺から見るとセックスと何ら変わらなかった。セックスをする部活なんて、絶対嫌だ。
それなのに2人はあんな部活に入るなんて言い出すから、俺は自分の感覚がおかしいのだろうか。
俺たちは童偵だし、そのことを冗談で話題にするくらいで、彼女が欲しいとか、セックスしたいとか、オナニーの話とか、そう言うのはいつも避けてきた。隆史のことは知らないけど、少なくとも剛とはそうだった。それなのに、なんだか急にそう言う世界がすぐ近くにきたみたいでなんだか怖かった。置いて行かれる怖さとか皆に乗り遅れる感じと、何か汚れてしまう感覚。上手く言えないが、受け入れるには余りにも度を超えている感じがした。
確かにカッコいいとは思ったけど、何て言うか、筋肉質な体とか、男らしい姿とか、真剣に戦っている姿とか・・・。
確かに、興奮した自分がいたんだ。
そんなことを考えているうちに、部室の前まで来てしまった。辺りは背の高い木と、雑草が生えていて、外には何も置かれていない。部室の前にありがちなボールとかグローブとかバットとか・・・何もない。高校の一角とは思えないその場所を、夕日が照らす。木々の間から漏れている赤い光は、それだけみるととてもきれいだった。風もなく、春先の虫の声が小さく鳴くだけ。
筋肉質な体、男らしい姿、真剣に戦っている姿・・・さっきまで俺が考えていたことが頭をよぎる。俺もあの先輩や先生に、一瞬でも憧れたんだろうか。
俺は手に持っているハンカチを見つめて迷っていた。
「はぁ・・・。」
大きくため息をつき、俺は諦めたように扉を開けた。考えても仕方ない。俺は野球部に入る。
中に入るとさらに扉がある。靴を脱いでその扉の前に立った。中でどんなことが行われているのか考えると緊張してしまった。
「・・・失礼します。」
出来るだけ声を張ってゆっくりと扉を開ける。
中に入ると、そこにいたのは一人だけだった。他には誰もいない。
さっきの見学の時にはいなかった人だった。色が黒くて野球部だった俺よりも短い坊主。太い腕と張り出した胸。横を向いていたが、横からでもわかる背中の筋肉と太い足。太い腕と丸い肩に、ふくらはぎみたいな腕と太い指。180センチほどの身長の大きな男が立っていた。
ただ立っていただけじゃない。汗だくになりながら、体の真ん中にそびえる大きな股間を両手でしごいていた。全身に汗をかき、それを天井から入る夕日の反射が、照らしていた。
股間はさっき見た二人の試合よりも大きく太かった。下にぶら下がる玉もまるで野球ボールくらいの大きさが2つぶら下がっている。片手で玉を握り、もう片方の手で竿の先端を中心にこねくり回していた。
時々腰をがくがくさせて、呼吸も荒く、目を瞑り眉間にしわを寄せている。足を大きく開き腰を落として、尻に力が入り、股間を突き出すように立ちながら夢中になってしごいている。
普通だったらこんな所見て、気持ち悪いとか恥ずかしいとか気まずいとか思うんだろう。でも、俺はただ、ひたすらその姿に見とれてしまった。我を忘れ必死にしごいている姿を見て、俺は何かを感じていた。きっとさっきの試合の時も感じていながらどこか冷静な自分が制止していた感情。剛も隆史も、この感覚を覚えたんではないだろうか。
―俺も、あんな風になりたい。
そう思った。
両手はだんだん早くなり、こねくり回していた手はやがて上下に動かし始めた。先端から根元まで。力強く大きく早く。そして荒かった呼吸はさらに荒くなり、やがて息を止める。
「はぁはぁはぁ・・・っ!!・・っ!!・・・・っ!!・・・・・・・あぁ!」
先端からは大きく弧を描いて精子が飛び出した。数回波が来て、その度に腰が振れる。最後に声を出すと全身の力を抜いて手を下した。
目を開けて、突き出していた腰も戻す。真っ直ぐ前を見るその顔は鋭く、迫力があった。大きく肩を揺らしながら額から汗を流していた。まるで全力でダッシュを何本もした後のような呼吸と汗だった。
冬の寒さが残る空気の冷たい中で、その大きな体からはもくもくと湯気が立っている。熱気が伝わってきそうだった。
そして、真っ直ぐ見つめるその視線がこっちを向く。